非凡に生きること

『オードリーのオールナイトニッポン5周年記念 史上最大のショーパブ祭り』を今の妻と見に行ったのはもう6年も前のことか。

当時はまだ結婚する前で、というかまだ付き合って間もない妻に「オードリー好き?」と聞いたら「好きです(テレビで見る程度に)」と答えたので、リトルトゥースでもなければ重度のお笑い好きでもない妻をラジオイベントに連れて行くという頭のおかしなことをしたのだった。妻との思い出を振り返ると「よく結婚してくれたな」と思うことばかりだ。「元気がない」と言う妻に当時『うつけもん』に出ていたサンシャイン池崎の動画を送りつけたり、初めて家に遊びに来た時に東京03飯塚の「ストイック暗記王」を見せたり。

件のイベントも、『CHA-LA HEAD-CHA-LA』を客席まで下りて歌う春日に喜んでいたものの、TAIGAに心の底から「お前誰だよ」と言わせてしまったし、バーモント秀樹の何が面白いかを説明できなかったし、下ネタが苦手というのにフルスイングの「しんやめ」が始まった時は隣を見ることすらできなかった。

それでも結婚してくれた奇特な妻とこの前『中居正広金スマ』の2時間SP、オードリー特集を見ていた。

竹刀を永遠に振り続ける少年若林、ポロラルフローレンを着ていちご狩りをする若き日の貴花田、一瞬だけ登場して消える谷口氏…と見どころ満載であったが、若林が結婚のきっかけとして語った病に伏した父との最後の1年間で泣いた。隣にいる妻の目も憚らず、それはもうさめざめと泣いた。

妻と出会う前は、一生一人で生きていくんだろうな、と思っていた。

吐くほどモテないという消極的理由もあったが、一方でテレビが好きで、お笑いが好きで、アイドルが好きで、この娯楽を楽しみ尽くすには時間がいくらあっても足りないし、一人でも十分楽しく生きていける、むしろ誰かと一つ屋根の下で暮らすなどありえない、そんなものは旧態依然とした古臭い幸福像だ、とすら思っていた。それは当時流行っていた物事を「ナナメに見る」という風潮も多分に影響していたのかもしれない。

「ナナメに見る」芸人たちの中に若林もいたはずだ。

その若林が、入院した父が母と手を取り合いお互いを褒め称える姿を見て、突然「結婚はいいぞ」と言われ、そして余命いくばくもない時に食べたいものがコンビニのアイスだったことに衝撃を受け、「自分が細々と積み上げてきた(斜めに見る)キャラがおじゃんになった」と言う。

そこから結婚に至るまでガールズバー通いなどを挟みまた数年の歳月を要するわけだけど、一人の価値観を変えるのは、どのタイミングで誰と出会ったか、何を言われたか、という積み重ねなのかもしれない。

私は幸運にも妻と出会い、結婚式で父は「立派に育ったな」と言い、母は孫を溺愛しているのを見ると、「自分の生き方で喜ぶ人もいるのだな」とすこし思った。それを今様に言えば「呪い」になるのかもしれないが、両方の生き方があっていいと思う。もし自分がそのまま一人で生きていれば誰にも臆することなくその生き方に誇りを持っていただろうし。ただ結婚して初めてその価値観を実感した。

そして、妻と過ごしていると「コンビニで手に入るアイス」がどれほど幸せかを感じる。ある日、近所で工事が始まった。どうやら全国チェーンの喫茶店ができるらしい。今までの私であればチェーン店なんて他の選択肢がなくて仕方なく行くところ、つまりとても平凡なところだと思っていた。しかし、妻が目をキラキラとさせながら「オープンしたら一緒に行きましょうね!」と言ってきた時に、途端にこちらもワクワクしだした。思春期をジンジンに腫らしていた頃は、自分は特別な存在だと信じていて、サラリーマンになって家庭を持つなんて平凡な生活が恐怖でしかなかったが、今、妻そして娘といるとどんな平凡なことも非凡に感じる。コンビニのアイスだって、ショッピングモールだって、近所の公園でさえ。

そんなことをしみじみと思い、若林のエピソードに涙したのだが、泣いた理由はもう一つあって、私も同じように父を亡くしていて重なる部分が多かったからだ。これについては書くだけで泣きそうなので詳しくは書かないが、様々なことが頭の中を駆け巡り、気づけば泣いていた。

ふと隣を見ると、妻がすべてを感じ取ってくれたのか、私を見つめながら泣いていた。

のび太結婚前夜』ではないが、人の幸せを願い人の不幸を悲しむことのできるこの人と結婚できて本当に良かったと感じた。

その直後、若林が病床の父と最後に一緒に見て笑ったという春日のVTRが流れた。 

 

「春日橋!開通です!」

 

パンツ一丁で寝そべる春日の上を小型犬が渡っていく。 

体を張るだけで、「渡りましたー!開通しましたー!ご覧のチャンネルはテレビ東京でございまーす!」と何一つワードで笑いをとらない春日。

あんなにも泣き腫らした後なのに、あまりのくだらなさに爆笑が止まらなかった。

隣を見ると妻も同じように泣きながら爆笑していた。

あぁ、この人とともに歩んでいくのだな。

 

今度はわしとおまえとで

この春日橋を逆に渡り

あしたの栄光を目指して

第一歩を踏み出したいと思う