女子と女子を深読みしたくてたまらない

場所はカフェ。白い丸テーブルに白い椅子が二つ。

ストライプのブラウスに黒のスカート、ピンクのカーディガンを肩に巻いた女性らしき人物が座っている。テーブルの上の飲み物を手にする。キャラメルマキアートであろうか、ストローで一口飲み、ため息交じりにつぶやく。

「あーあ、女子力高くなりたーい。あぁ、高くなりたいな、女子力。あぁ、なりたい、高く、女子力」

典型的な女子だ。「女子力高くなりたい」は女子の願望であろうが、ここまで直截的な物言いをするものだろうか。倒置法まで使って。典型的な女子というより記号的な女子と言えるかもしれない。さらに彼女は続ける。

「とか言ってこんなすっぴんで出歩いてる時点でダメだよねー。えぇ?すっぴんだよ。うん、すっぴんすっぴん。全然そんなことないよー。モテないよー。モテないモテない。女子力低いもーん」

どうやらもう一つの椅子に座る友人と女子トークをしているらしい。なるほど女子会か。そして、すっぴんを自虐しつつ、そうは見えないという自慢を織り込んでいる。どこかで見た女子あるあるだ。

「ほら、私、中身が男じゃん?中身が男じゃん?男なのね?男なのよ。だから全然モテないの~?今?うーん、今は…、恋はお休み中かな?うーん、ほら私、恋と仕事だったら、仕事を選んじゃう人じゃん?人じゃん?人なのね?人なのよ。そうそうそう。だからやっぱり付き合うなら~、お互い~、干渉しすぎない関係性が~、理想だよね?この曲よくな~い?あぁ~フェス行きた~い。フェス行きた~い。あぁ~女子力高くなりた~い。あぁ~フェス行きた~い。は~い。わぁー!美味しそうなパンケーキィー!美味しそうなパンケーキィー!」

中身が男アピールに、キャリアウーマンアピール、さらには大人の恋愛を分かってますアピールを繰り出したかと思えば、店内のBGMに反応し「フェス行きたい」と急転直下で話題を変える(さりげなくオシャレ趣味アピールも滲ませる)。かと思えば、注文したパンケーキが届くや否や美味しそうと歓喜し自撮りする。女子あるあるをてんこ盛りにしたような女子だが、何よりおかしいのが、それらを可愛らしく言うのではなく、まるで悪魔に乗り移られたかのように目を見開き鼻孔を膨らませ口はへの字に歪みアゴは極度にしゃくれている。友人にアピールする時はそれまでギリギリ女子のていを保っていた声すらもドスの効いた低い声となり完全に悪魔のようだ。

これは去る3月に『ENGEIグランドスラム 今こそ笑いで乗り切ろうSP』内で放送されたバカリズムの「女子と女子」というネタだ。2015年に披露したネタの再放送であるが、「人を傷つけない笑い」が持て囃され、少しでも差別的な表現があろうものなら魔女狩りのごとく吊るし上げられ立ち上がれなくなるまで徹底的に叩かれる令和の世にあって、こんな悪意の塊のようなネタが誰にも注意されることなく今日の日まで無事でいるのは奇跡としか言いようがない。

根底どころか表面から悪意でコーティングされ、どこをどう切り取っても悪意しか出てこないこのネタが炎上せずにいられるのはなぜだろうか。

一つには演技があまりにも過剰だということだろう。ここまで突き抜けるともはやギャグでしかなく、バラエティを昼夜監視する良識派の御仁もさすがにこんな分かりやすいボケを注意したら馬鹿だと思われるかもしれないという躊躇を生んだのではないだろうか。

また、これが実は「ありきたりなネタ」ということもある。「女子あるある」あるいは「女子が嫌いな女子」を形態模写するネタは、凡百の女芸人たちが扱ってきた定番である。今まで女芸人が演じてきて看過されてきたネタを男芸人であるバカリズムが演じたからといって途端に炎上したのであっては道理が通らない。ただちょっと女芸人より悪意を過剰に詰め込んで、エンジンが壊れるほどアクセルを踏み込んでいるだけだが。

こう書いてみて一つ可能性として考えられるのが、バカリズムが馬鹿にしている対象が実は「この女子」ではない、ということだ。実は「この女子」を馬鹿にしているのではなく、「この女子を演じている女芸人」を馬鹿にしているのではないだろうか。常に新しい切り口でネタを考えるバカリズムのことだから、いつまでもこんな古臭い偏見をネタにしている女芸人を馬鹿にして、あそこまで過剰な演技をしているのかもしれない。「お前のやっているネタはこんなにくだらないものなんだよ」と。そうなるとそれを見て笑っている視聴者すらも馬鹿にしているとも考えられる。

一見フルスイングで振り切っただけの馬鹿なネタかと思いきや、深読みし始めるとその深淵にどんどんと吸い込まれていく。

バカリズムが席を移動し、もう片方の友人女子を演じ出したところからさらに世界は歪む。

「ホントにそうだよねー。うん、私もそう思うー。私も、私もそろそろ婚活しなきゃねー。そうなのよー婚活ぅ…うわぁーーー!!トイプードル可愛いぃー!!トイプードル可愛いぃぃーーーーー!!!」

今まで演じていた女子よりもさらに顔を歪め、さらに声も汚く演じ、悪夢のような女子会が完成した。…かと思えば、その友人女子が「可愛いぃー」と叫んだトイプードルを連れていた女子も汚い顔と声でその愛犬をクリームブリュレちゃんと呼ぶ。そして、店内が突然暗くなりカフェの店員がモンスターのような挙動で呪いの歌もといハッピーバースデーを歌いながら花火のついたバースデーケーキを持ってくる。号泣する友人女子、プレゼントが入浴剤であることを強調する女子、間抜けな顔で「おめでとうございまーす」と拍手する店員。混迷を極める店にカップルがやって来る。「窓側の席空いてませんか~?」と脳が空洞かのような口調で店員に尋ねる男子と、「この曲よくなーい?」と彼氏を無視して踊る女子。

ついにバカリズムの攻撃対象が女子だけにとどまらず、その銃口がすべての人間に向けられていることが明らかになる。「女子と女子」というタイトルに騙されてはいけない。これは人間の愚かさを笑うコントなのだ。周りの評価を気にして、恋だの愛だのインスタ映えだの、くだらない尺度で振り回される我々人間の愚かさを描いた一大叙情詩だ。

そう思ったところに衝撃的なオチが訪れる。カフェにいるすべての人間が今にも涎を垂らさんばかりのアホ面で各々喚く姿を演じていたバカリズムが地面に四肢を置き、あのトイプードル、クリームブリュレちゃんとなり「ワンワンワン!」と叫び、「ジャージャージャー」「ブリブリブリ」と糞尿を垂らす。そしてバカリズムが犬のまま鳴き散らしながら舞台の照明が消えていく…。

なんてことだ。一枚皮を剥げば人間も犬も、いやこの地球上に生きとし生けるすべての生命体が等しい存在なのだという、壮大なメッセージが込められていたことにこの時気づいて膝から崩れ落ちた。

こんな崇高なテーマのコントが炎上するはずがない。コントの表面だけ見て「悪意の塊」なんて言っていた自分が恥ずかしい。バラエティを昼夜監視する良識派の御仁が火をつけなかったのも、私みたいに表面だけを見ずに、きっとその奥にあるこの生命を巡る奇跡の物語に気づいていたからなんだろう。

 

今日届いたホームベーカリーでパンを焼いている間にそんな深読みをしていた。