逃げ恥あるある言うよ

かつて万物のあるあるを統べる者が「逃げ恥あるある、一つだけあります」と言った。

彼は時のアメリカ大統領ドナルド・トランプに扮し、ワム!の『ウキウキ・ウェイクミーアップ』の軽快なメロディに乗せて、たった一つだけという逃げ恥あるあるを高らかに歌い上げた。

 

「逃げ恥、めっちゃおもろい」

 

あれから4年、アメリカ大統領も入れ替わろうかという2021年1月、逃げ恥の新春スペシャルが放送された。

毎週火曜日にテレビの前で夫婦揃って笑って泣いてあーだこーだ言っていたように、今回のスペシャルも夫婦揃って大いに笑って泣いてあーだこーだ言い合った。

テーマが妊娠・出産・育児ということもあり、もうじき4歳になる娘を持つ我々としては共感する場面が多く、特に泣くシーンでもないのにボロボロと泣いたりしていた。

お互いの感想で面白かったのが、妻が「妊娠中の悩みは男性側がメインでしたね。女性側はあっさりしてた」と言ったのに対し、私は「逆じゃない?女性側の方が多かったよ」と言ったことで、妊娠・出産を経験してもなお、冒頭のみくりの独白「私たちは、その道のりは、地球と月ほどに遠い」がこんなにも当てはまるものかと笑ってしまった。

他にも「風見さんだけトレンディドラマなのよ」「つわり思い出して泣いちゃう」「親父が生きてたら平匡のお父さんと同じこと言いそう」「仕事と家事で疲れてるのにみくりが能天気にアイシングクッキーの写真見せてくるの共感して笑った」「でもあの時子供のこと何も調べてなかったでしょ」「コロナ以降がつらすぎた」「娘の写真を見て希望を取り戻すのはいいシーンだったよ」などと感想を言い合って満足していたのだが、Twitterでとんでもない意見を目にした。

 

「みくりと平匡さんのドタバタほっこり子育てコメディを期待してたら、現代社会の問題を全部乗せした啓蒙ビデオみがスゴくて途中でお腹いっぱいになった」

 

ドタバタほっこり子育てコメディ???

この人、4年前の連続ドラマを見ていないのかな?と思ったらきちんと見ている。その上でドラマのテーゼとまるで逆の「ドタバタほっこり子育てコメディ」なんていう偏差値3のワードが出てくるなんて、何も呪いが解かれていないじゃないかと強烈な脱力感に襲われた。

また、「現代社会の問題を全部乗せした啓蒙ビデオ」とあるのも、キャラクターやストーリーを無視して作者の主義・主張を無理矢理ねじ込んでくるような脚本であったのならば頷けるが、選択的夫婦別姓も、女性の産休問題も、男性の育休問題も、計画無痛分娩も、その他のあらゆる問題も、妊娠・出産で当然対面する問題で、さらにみくりと平匡のキャラクターを考えればそれらをまったく無視して話を進める方がよっぽど不自然でご都合主義ではないだろうか?

ドラマやアニメの続編あるいは映画版の利点というのは、キャラクターの説明を省ける、前提条件を共有できている、ということだと思ってるんだけど、みくりと平匡に関する記憶がすっぽり抜け落ちてるんだろうか?まるで女性部下との浮気を夢に見たり、「そこにキャバクラがあるからさ」と言ってキャバクラに行ったり、家族サービスが嫌いでこそこそゴルフに行ったりする側面が忘れ去られて、ネット上で理想の父親として祭り上げられる野原ひろしを見ているようだ。(この野原ひろし問題は映画のジャイアン問題より邪悪だと思っているがまた別の話)

とはいえ冒頭の平匡の「“サポート”します」発言に端を発する些か強引な口論で二人のキャラクターがきちんと念押しされているんだけど足りないか。

あと、LGBT問題だって、おひとりさま問題だって、沼田さんや百合ちゃんがいるから当然出てくるわけで、今回のスペシャルドラマではモブにしたり、いっそ人物ごと消したりすれば扱わないこともできたかもしれないが、それをしないのが、端々まで掬い取るのがこのドラマの魅力だと思うんですがどうなんですかね。

だから「現代社会の問題を全部乗せ」したわけじゃない。あるんだよ。それぞれの登場人物の当事者問題として、その人自身のセリフとして描いていたと思うのだけど、それを「啓蒙ビデオ」と感じてしまうのは、普段の生活において「無いもの」と思っているからなのかもしれない、、、とまで言うと、言い過ぎなのでやめときます。

とにもかくにも、面白い面白くないは個人の感想で、正解も間違いもないけど、「ドタバタほっこり子育てコメディ」だけは無いだろうと。それこそキャラクターやストーリーを無視して、みくりと平匡を単なる「萌えの道具」としてしか見ていないということだと思う。

 

個人的にはとても面白かった今回の逃げ恥スペシャルだけど、やはり2時間強では描き切れていない部分も多々あったと思うので、連続ドラマで続編を期待したい。

その時にはまたあるあるの神にバイデンの格好で、「逃げ恥、めっちゃおもろい」と歌い上げてもらいたい。