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リンカーンの主体不在

最近、『リンカーン』が面白くなっている。
「衣装争奪ツアー」や「着ぐるみ上手No.1決定戦」、「お笑いG6」などの良企画がレギュラー回で放送され、しばしば名場面が生まれている。
過去にも「世界ウルリン滞在記」などの名作があったが、ここ一年くらいで打率が上がっている。


しかし、いつも「面白いん“だけどね”」と思ってしまう。
何故だか面白いのに全肯定できない。爆笑しつつも面白さに違和感が残る。
この“だけどね”の正体を考えていて思ったのが、それは主体の不在ではないだろうかと。
そう、面白さを統率する主体がこの番組には欠落している。
個別の企画は面白くても、番組全体が志向する面白さの方向性が見えない。つまりは統一性がない。


「芸人による芸人のための芸人の番組」というコンセプトこそあるものの、それはお題目に過ぎない。
名目上の司会はダウンタウンであるが、企画によって司会にもプレイヤーにもなるし、この二人のイズムを体現した企画内容というわけでもない。
「『リンカーン』っぽさって何?」と聞かれたら多分みんな回答に困ると思う。


アメトーーク』や『ロンドンハーツ』なら加地倫三が、
『ゴッドタン』なら佐久間宣行が、
クイズ☆タレント名鑑』なら藤井健太郎が、その笑いの主体として存在している。
殊更に作家主義を謳う気はないし、賛否はあろうが、番組の魅力の源泉であることは確かだ。


リンカーン』には番組全体を貫くイズムがないから、先に「面白い」と言った個別の企画についても腑に落ちないときがある。
企画を見て面白いと感じても、100%の面白さを受けている気がしないのだ。
企画を考える人、現場で実行する人、編集して放送する人、この三者がバラバラで、面白さの趣旨が伝言ゲームのように変質しているように感じる。
どこかもっと面白くなるんじゃないか、本来はもっと面白かったはずなんじゃないかという印象を受けてしまう。


いや文句を言ってるけど好きなんだ。
無駄遣いとも思える予算のかけ方とか、初老のレギュラー陣が体を張る姿とか。
そして最近特に面白いだけに勿体ないと感じてしまうので。